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泉谷山 龍珠院の歴史

後北条家三代に亘り作られた泉谷山龍珠院
開基大永二年(1522年)北条氏綱・北条綱成・北条氏繁
開山・養拙宗牧大和尚
境内の内石碑などには開基・北条氏繁となっているのですが、氏繁の祖父である氏綱が曹洞宗龍珠院を作り、その後息子の綱成、孫の氏繁が寺院として本格化していったとされます。三人共名将として知られ、特に綱成は後北条家最強と謳われ、上杉謙信、武田信玄も恐れたとされます。
当時後北条家は対岸千葉の里見氏と敵対していて、東京湾を渡り幾度となく磯子から三浦まで沿岸が襲われています。山号の「泉谷山」とあるようにその名の通り、この地は豊かな湧き水で有名でした。豊富な水もあり、多数の兵を養う砦として、攻撃に備える拠点となっていたとされます。