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日常の中の仏教用語

合掌がっしょう

皆さん仏様の前、お墓の前、お位牌の前、又はお焼香の時など自然と合掌、手を合わせますよね。この合掌とは一言でいうと敬意、感謝の表れです。
インドでは右手が清らかなもの、左手が清らかでない不浄なものとされています。
食事も右で食べますよね。
仏教的に言いますと、清らかな右手がお釈迦様、清らかでない左手は我々人間を表しています。合掌とはその右手と左手を合わせて、お釈迦様の清らかな心、力で我々も清らかになりましょうというものです。
合掌するときは、敬意を抱いている相手や感謝している方に対して手を合わせますよね。
私が納骨などで伺う機械の多い日野公園墓地には美空ひばりさんのお墓がございます。ご出身が当院の近くだった事もあり、お墓参りをして手を合わせることがあります。私の生まれる前の日本の大スター、歌姫ですから、敬意を表しての事です。
決して近しい方ではなくても合掌をする機械は度々あると思います。それはその方に対して自然に湧いてくる敬意や感謝の気持ちの表れなのです。
ですから我々が不浄な状態では失礼ですよね、手を合わせ清らかになって対面しましょうね、ご挨拶しましょうねということなんです。
食事の時も同様に、お肉もお魚もお野菜も命ですから、敬って感謝の心を持って、清らかになってから頂くために食する前に手を合わせて「いただきます」と言います。
また、手を器用に使えるのは人間ならではですよね。
片方で字を書くときは片方は紙を押さえます。片方でお箸を持つときは片方はお茶碗なりを持ちます。片手だけでも出来る事は沢山ありますけれども、合掌をしますと何も出来ません。当然両手共使えなくなるからですよね。
それも、他のことには何も手をつけず、あなたの事だけを考えています、あなたに手を尽くしていますよということです。ですから合掌をしながら違うことを考えていては意味がないのです。
勿論生活の中でずっと手を合わせているわけにはいきませんから、合掌をしている短い時間だけでも、その方の事だけを考えて頂きたいと思います。
合掌